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特別講演
身体と心を鍛え、他者と競い、
高峰へと昇り詰めるのがスポーツの醍醐味です。
故古橋 廣之進先生
南米遠征での赤痢感染から学び取った
人に感銘を与えるための勇気ある決断。

昭和25年には、ブラジルから一通の手紙を受け取りました。ロサンゼルスの試合を数人の在留邦人が見ていて、日系人の多いブラジルにぜひ来て欲しいというリクエストでした。そこで、2月の末から3ヶ月間、ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチン、チリ、ペルーを巡ることになったのです。
ブラジルのサンパウロで行われた全ブラジル選手権では、戦後、初めて日の丸が掲げられ、ここでも世界新を樹立するなどあって、たいへんな歓迎ぶりでした。ところが、現在のように、瞬時にニュースが世界を駆け巡る時代と違い、場所によっては戦後にも係らず日本の敗戦が伝えられていない土地がありました。そこでは、戦争勝利派と敗戦派が対立しており、事前に戦争の結果には触れないよう箝口令を言い渡されるほど深刻な土地もありました。特に選手には180センチ以上の大男が多かったため、実は日本人ではないのではないか、といった流言飛語も飛び交うありさまでした。
そんな歓迎と困惑が入り交じったブラジル訪問の最終目的地、リオデジャネイロで、思わぬ災難が降り掛かってきました。それは、どうやら飲み水に問題があったらしいのですが、赤痢にかかってしまったのです。医者に相談すると、赤痢が発覚すると帰国できなくなるために、他言しないようにとの指示を受けます。結局、その後のウルグアイ、アルゼンチン、チリでは、赤痢の影響で下痢と体調不良が続き、大会に参加することはありませんでした。ところが、最後のペルーでは、私が泳がないことで、観客が騒ぎ出すという事件が起こります。事態を収める為にと懇願されて、体調が優れない中、勇気と渾身の力を振り絞って100mを泳ぎきると、それまで騒然としていた客席が静まり返り、プールから上がった時には盛大な拍手で迎えられたのを感銘深く覚えています。

昭和27年のヘルシンキオリンピックでは、南米遠征時の赤痢が原因で、一度も万全の状態でレースに臨めずに、たいへん苦労したことが忘れられません。その後、赤痢のことは忘れていたのですが、15年前に虎ノ門病院に入院した際に、まだ赤痢菌が体内に残っているとのことで、2週間ほど隔離された経験もしました。

 

優秀な選手を育てるだけでなく
立派な社会人を育て上げるのも、スイミングクラブの役割です。

ヘルシンキ大会が終わった翌年には、会社の業務でオーストラリアへ向かうことになりました。工科大学の羊毛コースで専門知識を学び、会社の業務に反映させることが目的でしたが、オーストラリアは昭和31年のメルボルン・オリンピックを控えて、強化指導のまっただ中にありました。そんな折、強い選手を育成する為にどうしたらよいのか教えて欲しい、という依頼が舞い込みました。その際に、私が強調したのは、優れた選手を育成する為には、まず、優れた指導者の養成が絶対に必要な点でした。どれほど素質に恵まれた選手がいても、的確な指示を出せる指導者が存在しなければ、選手の可能性を開花させることは困難です。事実、オーストラリアは、指導者の養成を実践して、メルボルン大会では目を見張る好成績を収めました。

私は、今年81歳になりますが、これまでいろいろな体験をさせてもらう中で、常に一生懸命を心がけてやってきたことが、現在につながっているのだと思います。その間、日本水泳連盟の会長職を19年、JOCの会長も9年務めてきましたが、すべて無給で、ボランティアとしてやって参りました。
そんな私から見ると、最近のスポーツ界の動向は、ちょっと間違った方向に歩んでいるのではないかと心配でしかたありません。いつの頃からか、スポーツが商売となって、選手たちもただ勝てば良い、賞金を稼げればよいと勘違いしている風潮を感じます。本来、スポーツとはそういう類いのものとは一線を画する存在であるべきなのです。自分の身体と心を鍛え、他者と競い合い、競い合う中でお互いに高峰へと向上してこそ、スポーツの醍醐味で、それが意義ある競技生活へと繋がっていくのです。
柏洋スイマーズが、今年30周年を迎えましたが、私も以前、スイミングクラブを運営していた経験があります。小さな子供たちに水泳を身近なものとして楽しんでもらいたい、大人には、水泳を通じて健全な生活を送って欲しいというのが私の願いでした。特に子供たちにとっては、前にも触れましたが、学校以外の人との接点が大事です。いつも顔をあわす顔ぶれとは違う子供たちに囲まれて、学業ではなく、スポーツで競い合う、あるいは強調し合う大切さを忘れて欲しくありません。水泳は、広いグランドを使用する野球やサッカーと異なり、指導者が子供ひとりひとりに目配りできる環境も整っています。クラブはグループ活動を通じて、心身ともに切磋琢磨できる環境を大切にしていくべきだと思います。
また、健康維持の面でも水泳は優れたスポーツです。水中は空気中よりもはるかに高い圧力がかかるとされ、泳がなくても水に入っているだけで、心肺機能を強化する効果があると言われます。欧米などでは、喘息の子供には水泳をさせることが良いとされ、事実、メダリストにも子供の頃に喘息持ちだった選手が数多くいます。また、社会的に人格者と認められる人々にも、案外、スイミングクラブ出身者が多いものです。

柏洋スイマーズから、優秀な選手が数多く生まれることを願うと同時に、水泳の指導を通じて、一人でも多くの立派な社会人を育てるスクールとして、今後とも頑張ってくれるよう期待しております。
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